川口成彦さん/ピアノ/オヴィエド国際夏期講習会/スペイン・オヴィエド
音楽留学体験者でなくては分からないような、音楽大学、音楽専門学校、音楽教室のコースプログラム、夏期講習会、現地の生活情報などを伺ってみます。将来の自分の参考として活用してください。
川口成彦さんプロフィール
2009年夏、オヴィエド国際夏期講習会において、ガリーナ・エギャザローワ教授のコースを受講。
-最初に、川口さんの簡単なご経歴を教えてください。
川口 受賞歴としては、第2回青少年のためのスペイン音楽ピアノコンクール第一位、最優秀スペイン音楽賞受賞、横浜開港150周年記念ピアノコンクール第3位です。
-素晴らしい受賞歴ですね。以前から他の国の音楽よりも、スペイン音楽に興味があったんですか?
川口 はい、スペイン音楽”も”好き、という感じですね。民族色の強い音楽ですので、スペインも好きだし、チェコやノルウェイの作家も好きですね。
-ピアノを始められたのは、いつごろですか?
川口 小学校1年生からです。
-現在は、東京芸術大学の学生さんですよね。
川口 はい。でも、ピアノ科ではないんですよ。音楽を研究する学科で、ピアノも研究しているという感じです。
-将来の夢は、演奏家になることですか?
川口 一応、音楽を研究しながら演奏するというのが夢ですが、学校の先生になれたら満足かな、とも思っています。
-柔らかい雰囲気なので、生徒さんにも好かれるでしょうね。さて、今回講習会に参加されたきっかけを教えてください。
川口 スペインのコンクールで賞金をいただきまして。今まで、海外で音楽を学んだ経験がなかったので、いい機会だから行ってみようと思いました。
-では、今回が初めてだったんですね。スペインを選ばれた理由は?
川口 そのコンクールがスペイン音楽だったことと、今年がアルベニス没後100周年だったことです。興味を持っていましたので、ぜひ今年スペインに行きたいと思っていました。また、グラナダなどスペインの世界遺産に憬れていまして。独特な美しさがあるので、それを観てみたかったというのもあります。
-講習会の参加者は、どのくらいの人数でしたか?
川口 ピアノは12人でした。ほとんどスペイン人だったんですけど、スペイン在住のアルメニア人やロシア人などもいて、僕以外は全員スペイン語を話せる人たちでした。
-皆さんは、どんな方々でしたか?
川口 とてもいい人たちでした。スペイン人は気さくな方が多いので、皆さんのほうから話しかけてくれて、嬉しかったです。
-講習会のスケジュールは、どんな形でしたか?
川口 明日は誰にしますと、先生が決められ、平等な回数レッスンを受けられるようになっていました。だいたい、2日か3日に1回レッスンがある形ですね。自分のレッスン以外は、練習をしたり、他の方のレッスンを聴講したりしていました。最後の3日くらいで選抜コンサートがあり、それで締めくくられました。
-レッスンは何時間くらいでしたか?
川口 だいたい1時間です。じっくり見てもらえました。
-コンサートは勉強になりましたか?
川口 はい。コンサートに出演させてもらったんですが、日本人のいない会場で演奏することは、もちろん初めてでしたので、すごく緊張したんですが、やはりとても嬉しかったです。他のバイオリンやチェロの生徒の演奏を聞けたのも、すごく刺激になりました。
-素晴らしいですね!では、先生についてお伺いします。どんな先生でしたか?
川口 普段は優しい方なんですが、レッスン中は厳しい方でした。身長も2メートルくらいある女性で、怪獣みたいな先生だったんです(笑)。厳しく根本的な部分を注意してくださいました。ひとつの曲としての問題点ではなく、これからピアノを続けていく上でも、ためになる指摘をずいぶん受けました。教え方も上手な先生で、とても勉強になりました。
-その中で最も印象に残っていることは?
川口 和音についてですね。ピアノ音楽は和音がたくさん出てきますが、和音の中のひとつひとつの音の響きに、順序というか優劣があるわけです。それを判断してよく聞くことを習いました。たとえば、ソプラノが一番輝き、その次がバス、アルト、テノールの順だとか。それを全部吟味しながらコントロールしていく力や、耳を養っていきなさいという指導を受けたことが、一番印象に残っています。
-新しい音楽の世界を開いたのですね。レッスンはスペイン語だったんですか?
川口 はい。スペイン語、あるいはロシア語でした。友だちが英語に訳してくれました。
-先生はロシアの方だったんですか?
川口 ロシア語圏の方ですね。スペイン語かロシア語かを話される先生でした。
-練習はどこでされたんですか?
川口 学校の中に練習室が何個かありました、。すごく弾きやすいアップライトピアノが置いてありました。
-その練習室は、何時間かごとに、皆さんでシェアする形ですか?
川口 いえ。いったん入ったら、ずっとそのまま使えます。僕は、ずっと占拠していました(笑)。
-他の講習会では、交代で、という形が多いようですが、ラッキーでしたね。どのくらい練習されましたか?
川口 多い日は9時間くらいです。せっかく来たから頑張ろうと思いまして、一日中こもっている日もありました。
-レッスンや練習以外の時間は、何をされていたんですか?
川口 街を散策したりしていましたね。オヴィエドは世界遺産の街なので、とてもキレイなところなんですよ。そして、バスで少し行けば、また別の世界遺産の街がありますし。中世以前の教会があったりして、とても素晴らしかったですね。
-世界遺産を見ると、人生観が変わるという方もいらっしゃいますが。
川口 基本的に、僕は日本が大好きなのですが、日本とはまた違う空気があって良かったです。近くにサンティアゴ・デ・コンポステーラという、キリスト教の第三の聖地があるんですが、そこへ向かう巡礼の方もたくさんいらっしゃったんです。心からキリスト教を信仰している人たちを見て、とても感慨深かったですね。
-街の様子はいかがでしたか?
川口 スペインでも北のほうの街なので、治安が良いほうらしくて、安心して生活出来ました。
-街の中でショッピングしたりするときは、スペイン語ですか?
川口 はい、スペイン語です。英語も通じる方は少しいますが、ほとんどはスペイン語オンリーでした。
-お友だちと一緒に行かれたんですか?
川口 ほとんど一人でしたね。そのほうが気楽ですので。でも、夜はバルに友だちと行ったりして、すごく楽しかったですよ。スペインはバル巡りが盛んで、一つの店に行ったら次の店のタダ券をくれたりするので、夜通し遊べてしまうんです(笑)。
-スペインならではの雰囲気ですね。
川口 はい。あと、日が沈むのが夜10時なんです。夕食もそれくらいからですから、子どもでも11時くらいまでは起きているんです。10時くらいからワイワイ始まるのは、スペインならではですね。それでいて、昼もにぎやかなんですよ。この人たちはいつ休むんだというくらい、一日中人がたくさんいて、楽しんでいました。
-昼は何をされていたんですか?
川口 街を散策したり、サルスエラという歌劇も観に行きました。オペラとは違う、スペインで生まれ、スペインだけに根付いてきた歌劇です。舞台装置がすごくて、言葉は分からなかったんですが、音楽も素晴らしくて感動しました。あとは、演奏会も聴きに行ったりしましたね。
-素敵ですね。宿泊先はどんなところでしたか?
川口 街の中のフラット(アパート)でして、そこを4人でシェアしました。
-ルームメイトは、どんな方々でしたか?
川口 全員バイオリンの講習生でした。年齢はみなさん年上だったんですが、みんないい人たちでした。スイス人とスペイン人、それから、ギリシャと日本のハーフの人がいました。この人は、ベルギー在住の有名なバイオリニストなんですが、やはり、一人だけ断トツにレベルの高い人でしたね。この前来日したので、演奏を聴きに行ってきました。
-良い出会いだったんですね。フラットの大家さんは、そこには住んでいなかったんですか?
川口 ええ。なので、まったく自由に暮らしていました。
-そのフラットと講習会場は、どのくらいの距離があったんですか?
川口 歩いて10分くらいです。何度も行き来できるような距離でしたので、バスは利用しませんでした。
-食事はどうされていたんですか?
川口 ほとんど外食です。スーパーでパンが60セントくらいと、安いんです。2、3個買って、200円くらい。水が1リットル30セントくらいですから、それが一番安く済ませるときのパターンでしたね。ちょっとしたカフェでパスタを食べると6ユーロくらい、700円程度でしょうか。日本とそんなに変わらないくらいですね。ちょっと贅沢してレストランに入ると、10ユーロくらいはかかりました。お店もたくさんあったし、味もおいしかったので、まったく困りませんでした。
-日本と物価に差はなかったんですか?
川口 ちょっと安いくらいでしょうか、今は。
-外国人の方とお話されたりしたと思いますが、上手く付き合うコツは何でしょうか。
川口 なんでもいいから話すということです。ある友だちとは、「好きなピアニストは?」「この曲知ってる?」「ビートルズ知ってる?」など、ひたすら質問し合っていましたね(笑)。「お互いさっきから、~知ってる?って聞いてるだけだけど、楽しいね。」って笑ってました。スペインで日本のマンガがブームらしく、「名探偵コナン知ってる?」って聞かれたりもしましたよ。ただ、一人になりたいときは、無理をしないことも大事だと思います。「今日は本を読みたいから」とか「今夜はバルはやめておく」とか、自分のやりたいことを優先させてた時もありました。その分、一緒にいるときはたくさんしゃべりましたけど。
-自分のペースを崩しすぎないように、ということですね。
川口 ええ。疲れているときに、さらに英語で話すのは、やはり疲れますから。無理に話すと、無愛想な顔してるかもしれなくて、相手に嫌な思いをさせてしまうかもしれないじゃないですか。基本的には、たくさん話しましたけど、疲れているときはそんなふうにしていました。
-お互い無理をしないことも大事ですね。では、特に困ったことはなかったんですか?
川口 あまりなかったかもしれませんね。プラス思考なタイプなので。生活面では、全く苦労せず、楽しく快適に過ごすことができました。あえて言えば、もっと話せたら良かったということですかね。もっと日本のことも教えたかったし、もっとスペインのことも聞きたかったです。
-講習会に参加して良かったと思った瞬間は、どんなときでしたか?
川口 いちばん良かったのは、コンサートで演奏できたことです。自分では納得いかない部分のあった演奏だったのですが、「ブラボー!」って言ってもらったりして、観客の皆さんがとても温かかったです。演奏が終わったあとも、「日本人なのに、よくスペインの音楽をこんなに表現できたね」って褒めてもらったりしたんです。本場の人たちに、自分の演奏が認められたっていうのがすごく嬉しかったですね。日本じゃなくても、音楽って通じるんだなって改めて思いました。あとは、外国にも友だちができたことです。今まで音楽をやっている友達は、日本人しかいなかったですから、世界に広がったというのは、とても嬉しいことです。
-良い経験だったのですね。ぜひその出会い大切にしてください。
川口 はい。スペイン人の友だちは、来年日本に行きたいって言ってるんですが、どうやら本気で来そうです(笑)。
-留学して、ご自身が一番変わったことや、成長したな、と思うことはどんなことですか?
川口 自分はどこでも生活できるんだな、っていうのが分かったというか(笑)、自分に自信がつきました。もともと一人旅は好きで、日本国内では、一人でどこにでも出かけていたんですが、今回は初めての海外でしたから。やはり最初は不安でしたが、それをやり遂げたという達成感を感じました。日本人が一人もいない街だったので、特にそう思いましたね。
-日本とスペインで、大きく違う点は何でしょうか?
川口 スペイン人は明るく社交的で、誰とでも仲良くなれるという感じでした。日本人ではなかなかない感覚ですね。偶然、街の中で結婚式を見たんですが、それも日本とは大きく違ってました。スペインには、ガイタというバグパイプみたいな楽器があるのですが、街中にガイタが鳴り響き、「今日、新婚さんが誕生しましたよ!」と、街全体で祝福していました。ひとつの幸せをみんなで共有しようという感じで、お祭り状態でしたね。あと、違うことといえば、やはり、日が沈むのが10時ということでしょうね。昼からたっぷり遊んでいても、まだ明るい。そして暗くなってからもまだ遊びますからね。マクドナルドでビールも飲めますし(笑)、一日中、たくさんの人が楽しんでいることは、一番違う点でしょうか。
-スペインのお国柄なんでしょうね。では、今後、留学される方にアドバイスをお願いします。
川口 英語はすごく重要です。今回、それを実感しました。「英語は地球語」になってきています。どの国の人たちも英語は教育されているので、子どもでもみんな話せるんです。もしかしたら、日本の英語教育は遅れているんじゃないか、とも思いました。自分の英語力がないだけなんですが(笑)。もっと事前に勉強していたら、レッスンももっと充実していたかもしれないし、交友関係ももっと深く広くなっていたかもしれない・・・・そう考えると、やはり悔しいですから、英語の勉強だけは、きちんとしておいたほうがいいと思います。
-今後の活動や進路など、具体的なプランがあれば教えてください。
川口 4年生には卒論を書かなければいけないので、そろそろテーマを決めて、研究していかなければいけないですね。コンクールは、たぶんいろいろ受けると思います。優勝をするためにコンクールを受けるというより、その練習が充実したものになるので、コンクールは結果にこだわらずたくさん受けたいです。
-卒業論文は、スペイン音楽を研究されるという可能性もありますか?
川口 はい。スペインは候補ですね。
-今後のご活躍をお祈りしております。本日は本当にありがとうございました!